時間外労働の割増賃金率引き上げ

Q 2023年4月から時間外労働の割増賃金率が改定されると聞きました。割増賃金の計算方法や準備しておくべき事柄を教えてください。(機械設計業)

<回答者>社会保険労務士 原田政昇

A 長時間労働が続き、休息や睡眠時間の十分な確保が難しくなると、集中力や注意力、判断力などが低下し、事務事故や労災事故を招くきっかけとなります。また、疲労の蓄積は脳疾患や心臓疾患を引き起こし、精神的負担によるうつ病の要因となるケースもあります。最悪の場合には自ら命を絶ってしまうなど、長時間労働が心身に及ぼす影響は多岐にわたります。

 2010年には、従業員の健康確保と長時間労働の是正のため、労働基準法の改正が行われ、月60時間を超える時間外労働に対して、50%以上の割増賃金率を適用することになりました。当時、慢性的な人手不足の状況にあった中小企業においては、適用が猶予されましたが、23年4月1日から原則どおり適用されることになります。

 同法には、休憩時間を除いて1週40時間、1日8時間(法定労働時間)を超えて労働させてはならないとの規定があります。そのため、法定労働時間を超えての労働、いわゆる残業をさせるためには、「時間外労働、休日労働に関する協定届」(36協定)を締結し、労働基準監督署に届け出なければなりません。

 これにより、原則月45時間、年360時間(限度時間)までの残業が可能となります。さらに、限度時間を超える残業をさせるためには、特別条項付きの36協定を締結する必要があります。なお、36協定を締結しただけでは効力は発生せず、届け出なければ違反となるため注意してください。

業務環境を見直す契機に

 そして、法定労働時間を超えて労働させた場合には、割増賃金、いわゆる残業代を支払わなければなりません。残業代を計算する際に必要となるのが「割増賃金率」です。

 中小企業においてはこれまで、①法定労働時間を超え月45時間までの部分は25%以上②月45時間を超え、60時間までの部分は25%超(努力義務)の割増賃金率を適用することになっていました。猶予廃止後は①および②に加え、③月60時間を超える部分は50%以上の割増賃金率を適用することになります。

 割増賃金の計算においては、各人の時間単価を算出し、そこに割増賃金率を乗じて計算します。時間単価3,000円の従業員が法定労働時間を超えて残業した場合、時間単価は3,750円(割増賃金率25%)、さらに60時間を超えて残業した場合には、時間単価は4,500円(割増賃金率50%)まで跳ね上がります。時間単価が4,000円や5,000円の従業員となれば、人件費はより高額にのぼります。給与計算業務が複雑化するのは避けられず、未払い残業代の時効が2年から3年に改正されたため、労働時間の把握と管理がいっそう重要となります。

 月60時間を超える時間外労働についての割増賃金を支払う代わりに、有給休暇(代替休暇)を与えることも可能です。いうなれば、60時間の超過により上乗せされる割増賃金部分を、時間に換算するイメージです。なお、代替休暇制度を導入する際には、労使協定の締結が求められます。

 割増賃金率の変更や代替休暇制度の導入については、就業規則などの変更が必要になる場合もあります。生産性向上や時間外労働削減などの環境整備に取り組む中小企業への支援を目的とした、「働き方改革推進支援助成金(労働時間短縮・年休促進支援コース)」なども用意されているので、活用を検討するのも手です。

 今回の猶予廃止を、重複している仕事の有無や、特定の従業員に負荷がかかっていないか等を点検し、業務環境を見直す契機にしてみてはいかがでしょうか。

提供:株式会社TKC(2022年8月)

(注) 当Q&Aの掲載内容は、個別の質問に対する回答であり、株式会社TKCは当Q&Aを参考にして発生した不利益や問題について何ら責任を負うものではありません。 

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