退職する従業員が保管していた名刺の取り扱い

Q 近々、退職を予定している営業職の従業員がいます。退職時、従業員が個人的に保管している名刺の返還を求めることは可能ですか。(労働者派遣業)

<回答者>弁護士 得重貴史

A 従業員が退職する際、貸与していたパソコンや携帯電話、社外秘資料の返還は求めるものの、名刺については失念しがちです。退職する従業員が保管していた名刺は、いかに取り扱うべきでしょうか。

 まず、退職する従業員自身の名刺については、会社が第三者に交付するために従業員に預けているにすぎないので、返還を求められます。また、業務において従業員が第三者から受け取った名刺についても、従業員は会社の代わりに受け取っているため、会社に返還する必要があります。ただし、個人的な付き合いや、副業時に受け取った名刺は対象外となります。もっとも、退職時に返還を求める名刺を精査するのは難しい側面があります。そのため、名刺情報は日ごろから従業員と共有しておくとよいでしょう。

 副業を行っている際、社名の入った名刺を交付することは、厳密にいえば業務外での使用となり、会社のルールに反している可能性があります。私的な利用を防ぐ上で、従業員が配った名刺の枚数と、会社のために受け取った名刺の枚数の差を確認しておくのも有効です。

名刺管理規程は必須

 退職した従業員が名刺を会社に返還せずに、転職先等で名刺情報を利用していた場合、会社はなんらかの対抗手段をとれるでしょうか。もし、名刺の情報が、不正競争防止法の「営業秘密」に該当すれば、差し止めや廃棄、損害賠償を求めることができます。しかしながら、過去の裁判例では、名刺は営業秘密に該当しないという判断が下されています(2015年10月22日 東京地裁判決 平26(ワ)6372号)。

 裁判内容を大まかに述べると、A社の取締役であったX氏は退任時、名刺帳を持ち出しました。この名刺帳は、X氏がA社で就業中に営業活動等を通じて受け取った他社従業員等の名刺を、会社名ア~サ行およびタ~ワ行、ならびに大手取引先3社の3冊に分けて、会社名の五十音順または会社ごとに分類して収納したものです。名刺帳は、X氏の秘書の袖机の引き出し(キャビネット)に保管されていました。

 A社は、名刺帳にある名刺情報は秘密情報に該当すると主張しましたが、判決では「名刺は他人に対して氏名、会社名、所属部署、連絡先等を知らせることを目的として交付されるものであるから、その性質上、これに記載された情報が非公知であると認めることはできない」としました。ここでいう「非公知」とは、情報を公開していないものという意味で、営業秘密かどうかを認めるための一つの要件となります。つまり名刺は、その情報を知らせるためにあるのだから、公開していない情報とはいえないだろうということです。さらに就業規則で名刺管理に関する定めがないことなどから、X氏が保有していた名刺帳は営業秘密にあたらない、としました。

 名刺の持ち出しと利用を防ぐためには、この裁判例を参考に、就業規則に「名刺管理規程」を設けることから着手してください。名刺は取引先ごとに仕分けし、名刺帳または名刺データには鍵(名刺管理ソフトではパスワード)をかけます。そして、役社員が名刺を受け取った都度、データとして共有しておくと良いでしょう。さらに、従業員と雇用契約書を締結する際に、退職時の貸与物の返還を約束するかと思いますが、貸与物の中に「名刺および名刺情報」を明示しておくこともおすすめします。

提供:株式会社TKC(2024年8月)

(注) 当Q&Aの掲載内容は、個別の質問に対する回答であり、株式会社TKCは当Q&Aを参考にして発生した不利益や問題について何ら責任を負うものではありません。 

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