海外派遣者に対する企業の安全配慮義務

Q 外国の事業所や関連企業への異動、出張などで従業員が海外渡航する機会が多くなりました。海外派遣者に対する安全配慮義務のポイントについて教えてください。(鉄スクラップ卸売業)

<回答者>青山人事労務代表 社会保険労務士 河野 創

A グローバル化にともない、中小企業を含めて海外に社員を派遣する企業は増え続けています。しかし、労働基準法は国内労働者を対象としており、海外での人事労務管理を定める統一的なルールはありません。したがって、トラブルが発生した場合は、労使による話し合いでの解決が原則となり、海外派遣者とのトラブルを防ぐための取り組みが重要となります。

 企業と海外派遣者との間で最も多いのは、安全配慮義務をめぐるトラブルです。海外派遣を機に「病気を発症した」「持病が悪化した」「メンタルを病んだ」ために帰国を余儀なくされる海外派遣者の数も増えてきています。大手企業でも専任の海外人事担当者を配置していないことも多く、問題が顕在化して初めて対応に迫られることも珍しくありません。

 海外派遣者は労災保険の特別加入ができるので、派遣中に従業員が過労死に至ったり、精神障害を発症し、それが業務に起因するとみなされた場合は労働災害の対象になります。企業側に過失がある場合は安全配慮義務違反にも問われることになり、医療機関の紹介や受診の推奨など、企業が誠実な対応をしたかを証明できることが重要になります。

 企業の対応としては、次に掲げる項目をクリアしておくことが望ましいでしょう。

  • 海外派遣者の担当窓口の設置
  • 海外旅行障害保険への加入
  • 予防注射の実施
  • 滞在先についての安全講習の実施
  • 滞在地に応じた安全対策の実施
  • 産業医による滞在前の健康診断による赴任可否の判定
  • 長期滞在者については、少なくとも年に1回の健康診断の実施
  • 産業医による健康診断の結果の判定
  • 長期滞在者への定期健康診断の実施の案内
  • 長期滞在者への健康診断結果のフィードバック
  • 滞在中のメンタルヘルスの対応
  • 帰国後の健康診断
  • 上記内容の海外駐在員規則(規程)への明記、責任の所在

労働時間管理のリスク

 海外では、勤務時間が日本国内と比べて長くなる傾向にあります。特に、派遣者が多い発展途上国では1日8時間、1週48時間労働が一般的と言われており、海外派遣者の労働時間管理もなおさら重要になります。

 日本と同じように勤怠システムを導入して労働時間管理を行うことも可能ですが、出張も頻繁にあり、業務用のパソコンを自宅や滞在先のホテルなどに持ち帰って仕事を再開せざるを得ないことも多いようです。このように、海外派遣者の労働時間管理は、ブラックボックスになりがちなので、まずは、海外派遣者が働きすぎないようにするための制度や仕組みをしっかりと構築したうえで、最悪の事態に備えて、労災保険への特別加入や労災上乗せ補償、海外旅行傷害保険の死亡保障額の検討などをお勧めします。

 海外派遣者の安全配慮義務は国内の従業員に比べて後回しになりがちですが、事業をグローバル展開する中で避けては通れない道です。関連法規を確認したうえで、社内の規則や制度等を見直す必要があるでしょう。

提供:株式会社TKC(2019年8月)

(注) 当Q&Aの掲載内容は、個別の質問に対する回答であり、株式会社TKCは当Q&Aを参考にして発生した不利益や問題について何ら責任を負うものではありません。 

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